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広島地方裁判所福山支部 昭和61年(ワ)110号 判決 1993年5月10日

原告

掛本満

右訴訟代理人弁護士

服部融憲

被告

藤元建設工業株式会社

右代表者代表取締役

藤元悟郎

右訴訟代理人弁護士

坂本清

右訴訟復代理人弁護士

本田祐二

被告

石川島播磨重工業株式会社

右代表者代表取締役

稲葉興作

右訴訟代理人弁護士

桑原收

渡辺実

小山晴樹

堀内幸夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

原告に対し被告らは各自、金七四三一万二三一四円及び内金六八三一万二三一四円に対する昭和六一年五月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  前提事実~当事者間に争いがないか弁論の全趣旨から明らかな事実

1  (当事者)

(一)原告(昭和二五年一二月二四日生)は被告藤元建設工業株式会社(以下被告藤元建設という)に重機、車両の運転手として勤務していた労働者である。

(二)被告藤元建設は建設業を営む会社であり、被告石川島播磨重工業株式会社(以下被告石川島という)は建設工事請負等を業とする資本金六四九億二四七五万七六〇〇円の大企業である。

(三)被告石川島は、昭和五五年二月七日、広島県福山土木建築事務所から、沼隈町の草深古市松永線橋梁架換工事(通称春辺橋建設工事)を請け負った労働安全衛生法上の特定元方事業者の地位にあり、春辺橋工事現場作業場(東西約六〇メートル、南北約五〇メートル)と現場に近接する作業場の二か所の作業場を設置管理して作業の指揮管理をし、作業の指揮監督連絡打合せのため現場事務所を作業場内に設置し、現場を監督するための職員を常駐させていた。被告藤元建設は被告石川島から右工事のうち床版工事(型枠作業、鉄筋作業、コンクリート打設作業)等工事の下請けをした占部建設株式会社からさらに床版工事の下請けをしていた。なお、被告藤元建設は床版工事のうち鉄筋作業を笠田組(笠田鉄筋)こと笠田利幸に発注した。

2(本件労災事故の発生)

(一)日時 昭和五五年九月一七日朝

(二)場所 春辺橋建設現場

(三)事故の態様 原告が被告藤元建設の現場監督藤元潔から春辺橋の工事現場に行くよう指示されて、藤元潔、被告藤元建設運転手西川但らとともに被告石川島の春辺橋工事現場作業場に行き、藤元から笠田鉄筋のなすべき鉄筋の小運搬を西川とともにするよう指示され、床版設置用鉄筋を橋梁架設現場に近接する材料置場から搬送するため、笠田鉄筋所持のワイヤーロープ等の玉掛用具を使って鉄筋の束を玉掛し、笠田鉄筋所有のユニックトラックのクレーンを操作して吊り上げ右トラックに荷積み作業中、鉄筋の束が落下してその下敷となり、そのため胸髄損傷の傷害を受けた。

3(損害の填補)

原告は本件労災事故により受けた損害につき、労災保険から休業補償給付金二〇〇万円、笠田鉄筋の自損事故による保険金から一四〇〇万円、被告藤元建設の生命保険金から二〇〇万円の支払いを受け、合計一八〇〇万円の損害填補を受けた。

4(本件請求)

原告は被告らに対し、労働契約上の労働安全保持義務の債務不履行責任に基づき、本件労災事故により生じた原告の損害金から前記損害填補領を控除した七四三一万二三一四円及びそのうち弁護士費用相当額を除く六八三一万二三一四円に対する訴状送達の翌日(昭和六一年五月一日であることは訴訟上明らかである)から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の各自支払いを求めた。

二  争点

1(責任)

(一)被告らの責任原因~原告の主張

(1)被告藤元建設は、原告の使用者として、労働者たる原告に対し、雇用契約上の労働安全保持義務を負うところ、玉掛作業については安全な用具を使って作業させるべき注意義務があるのにこれを怠り、C環製造の認定業者が作成した高炭素鋼製の制限重量の表示のあるC環でなく、建築材料の異形鉄筋を利用して鉄筋業者(笠田)が作ったC環二個と、長さ不揃いのワイヤー(両蛇口ワイヤー一本《両端にアイー端が輪状になっている部分―があるもの》と長短各一本のエンドレスワイヤー)しか用意しなかった。原告は、準備された用具の不備からやむを得ず、別紙図面1のごとく両蛇口ワイヤーと短いエンドレスワイヤーをつなぎ、アイのある一方を2のごとく鉄筋に巻き、他方を3のごとくあだ巻きして、近くにあった鉄棒を差し込んで固定し、ワイヤーにフックをかけ第一回目の吊りあげを了した。第二回目は、長短エンドレスワイヤーを右図面4のごとく結び、その一方を5のごとく鉄筋に巻き、フックを経由して他方を6のごとくあだ巻きしたが、エンドレスワイヤーの端がフックに掛けられないので、エンドレスワイヤーの端とフックの下のフックを経由してきたワイヤーとの間をC環で固定して鉄筋を吊り上げ、鉄筋のバランスを見ていたところC環が口を開いた状態となり、鉄筋が崩れ落ちて本件事故が発生するに至ったものである。

従って被告藤元建設には、安全な用具を使って作業させるべき労働安全保持義務の不履行に基づき、本件事故により原告の被った損害を賠償すべき責任がある。

(2)被告石川島は、

<1> 労働安全衛生法上の特定元方事業者として、本件のような玉掛作業については安全な用具を用いさせるなどして機械器具による危険を防止すべき義務を負い(同法二〇条)、統括安全衛生責任者を置いて(同法一五条)労災事故防止のための協議組織の設置運営を行い、作業場所を巡視するなど(同法三〇条)して、作業場の作業に従事する労働者に対する危険を防止すべき一般的な労働安全保持義務がある。

<2> しかも、春辺橋工事の作業場は限局されていて、その作業内容、使用重機・資材などの状況は被告石川島の監督職員に十分把握できる状態にあり、作業指示も具体的になしうる状況にあり、また作業工程は被告石川島の職員が事前に打合せを指示し、監督職員が常時現場を巡視して進捗状況、下請業者の作業状況を毎日把握できる状況にあり、現に、本件作業当日、被告藤元建設の現場監督である藤本潔は、作業内容につき被告石川島監督職員と打合せをして指示を受け、これに基づき原告に本件作業の指示をしている。

さらには、被告石川島は自社社員のみで春辺橋の建設工事をする能力を有しているが、費用を安くあげて多大の利潤を確保するために下請業者を雇い、これに作業工程を示し、現場作業をさせているものであり、下請業者及びその従業員は、被告石川島の具体的指示によってその手足となって作業をする従属的地位にある。

従って、被告石川島は、下請業者の労働者たる原告との間に実質的な雇用関係が生じているものとして、あるいは原告との間に特別な社会的接触の関係に入ったものとして、雇用関係に準ずる法律関係に基づく労働安全保持義務あるいは信義則上の安全配慮義務がある。

被告石川島は右の義務を被告藤元建設と同様に怠り、本件事故が発生したものであるから、本件事故により原告が被った損害につき債務不履行に基づき賠償すべき責任がある。

(二)元請業者の責任についての被告石川島の反論

(1)被告石川島は、特定元方事業者の責任を全うするため、<1>本件工事現場における安全衛生責任者として渡辺勝を任命し(本件工事関係者が五〇人未満であったため、労働安全衛生法一五条の要請する統括安全衛生責任者の選任は要せず、内規により任意に選任したものである)、<2>安全対策につき定期的に関係者のミーティングをなし、<3>作業間の連絡調整を進捗状況に応じて実施し、<4>毎日作業場所の巡視をなし、不安全行動を目にした場合にはその場で作業者に注意したうえ下請業者の監督官に対し指導をしており、<5>新規入構者に対し安全衛生責任者が約三〇分にわたり工事現場の状況や施工要領、安全についての一般的注意事項等安全にかかわる留意点の説明を行うことにより安全衛生教育を実施し、また個々具体的な作業における安全教育は下請業者の安全衛生責任者が実施していた。

従って被告石川島は特定元方事業者として労働安全衛生法三〇条所定の安全管理措置をすべて履行している。

(2)特定元方事業者としての義務を負担することから直ちに被告石川島に私法上雇用者若しくはそれと同視しうる者に求められる労働契約上の安全保持義務(安全配慮義務)が生じるものではない。右義務は、雇用契約が存しない場合にあっては、下請業者の被傭者があたかも直接元請業者に雇用されているのと同視いうる程度に被傭者が元請人の指揮命令に従い労務に従事している場合のみ生じうる義務と解すべきである。しかるところ、被告石川島は元請業者として工事全体の施工管理(工程管理・品質管理・安全管理)を行っていたのであって、下請業者及びその被傭者に対し作業内容(作業方法及びそれについての安全管理方法)に関する個々具体的な指示を行ってはおらず、被告石川島と下請業者の被傭者との間に指揮命令関係は全く存しない。

即ち、被告安全衛生責任者は工程管理・安全管理を行うために全日程表及び一か月日程表を作成し、これに基づき建設日程・作業を施工単位毎に表した施工指示票を工事の施工単位毎に作成して下請業者の責任者に示し、下請業者は右施工指示票に基づき独自に作業手順・作業方法・作業者の割り振り、治工具及び機器の手配・墜落・落下・倒壊等に対する安全対策を決定し、その内容を被告石川島に文書で報告したうえで工事を進めていた。そして被告石川島は原則として下請業者から毎夕作業進捗状況と翌日の作業予定の報告を受けて日常的な工程管理を行っていた。本件の鉄筋作業に被告藤元建設が加勢したのも被告石川島の指示によるものではなく、工程維持のため被告藤元建設が独自に作業者の割り振りを決めて実施した作業である。また下請業者がその被傭者に作業指示をする場に被告石川島の安全衛生責任者が立ち会うことはなく、現場巡視の折りに目にした作業員の不安全行動について直接注意する以外に下請業者、その被傭者に作業指示を行うことはなかった。

(三)帰責事由の不存在若しくは過失相殺~被告ら

(1)本件事故前、長さ(二・五メートル)の揃ったワイヤー二本(それぞれのアイを離散防止のため一六ミリの鉄筋で作成された異形鉄筋のO環で束ねたもの)とシャックル二個が用意されており、玉掛作業をするための安全な用具は準備されていた。

(2)O環は玉掛用の二本のワイヤーロープの盗難を防止し、また離散するのを防止するためにアイを留めておくためのものであって、クレーンの荷吊滑車のフックにかけ荷物を吊り上げる目的に流用いうるものではない。鉄筋荷積に用いられる玉掛方法は玉掛作業基準に基づいて行われることになっているが、右基準ではアイを直接荷吊滑車のフックにかけることとされており、原告は玉掛技能講習を修了した玉掛作業の有資格者であるから(労働安全衛生法六一条一項、同規則四一条)、右基本的な基準を熟知し、異形鉄筋で作られたO環を玉掛作業に流用してはならないことは十分承知しているはずであったにもかかわらず、原告は漫然とO環をフックにかけて荷物を吊り上げたためにO環が荷重で破壊して本件事故に至ったものである。

(3)玉掛作業においても、クレーン操作においても、吊荷の下方で作業をすることは極めて危険であり絶対に避けなければならない基本的な禁止事項となっており、本件事故発生時に原告が操作したユニックトラックには車体の両側にクレーン用操作レバーが備え付けられ、その選択により、吊荷の下方に入らずにその外側でクーン操作できるようになっていた。原告はユニックトラックのクレーン操作に必要な移動式クレーン特別教育を修了した有資格者(労働安全衛生法五九条三項、同規則三六条)であり、吊荷の下方でクレーン操作をしてはならないことを十分承知していたはずであり、しかも、西川が吊荷を監視しクレーン操作している原告に合図を送れる状態にあり、荷台の高さ(地上から約一・二メートル)まで地切りして積荷を上げた後は、原告が吊荷のある側のレバーを吊荷の下方で操作する必要は全くなかったから、クレーン操作を一旦中断したうえ車体の反対側に回ってクレーン操作をすべきであったにもかかわらず、漫然、吊荷のある側のしかもその下方に位置してクレーン操作を続けた結果、本件事故に至ったものである。

従って、本件事故は、原告が、玉掛作業をする者にとって基本的な玉掛方法を誤り、クレーン操作をする者にとって基本的な順守事項に違反して作業をなしたことによって生じたもので、原告の自損行為による結果であって、被告らの予測可能性をはるかに超えており、被告らに帰責事由はない。

仮に何らかの帰責事由が被告らにあったとしても、原告には以上のとおり重大な過失があるから、これが十分しん酌されるべきである。

(四)帰責事由若しくは過失相殺についての原告の反論

(1)C環は笠田が作業現場で作り鉄筋を吊りあげるときにシャックル代わりに使用されていたものであり、本件事故時においてもこれが準備されていた。

(2)原告はO環を使用して玉掛作業をしていない。

(3)ユニックトラックにおけるクレーン操作についてはまずクレーンのアングルの高さ(約九メートル)まで吊り上げて吊荷の平行移動ができるまでは吊荷のある側の操作レバーでワイヤーが掛かっているか吊荷が中心にきているかの確認のための地切りをするしかなかったものであり、原告にクレーン操作上の誤りはない。

2(損害)~原告の主張

(1)原告は本件事故による胸髄損傷等の傷害のため次のとおり入通院治療を要した(入通院医院、期間については被告藤元建設との間では争いがない)。

<1> 昭和五五年九月一七日から二一日まで木下病院(五日)で、同月二二日から昭和五七年三月二二日まで岡山労災病院で入院治療(五四七日)

<2> 昭和五七年三月一八日症状は固定したが、後遺症として両下肢麻痺が残り、その程度は労災等級一級八号に該当する。そのため、原告はその後も一か月に二回程度福山加茂市民病院あるいは福山市市民病院で通院治療を受けた。

(2)そのため原告は次のような損害を被った。

<1> 付添費

原告は、入院中の一六日間、肉親による付添看護を要した。一日につき五〇〇〇円が相当であるから、八万円をもって相当とする。

<2> 入院雑費

入院期間五五二日の間、一日当たり一〇〇〇円合計五五万二〇〇〇円の入院雑費の支払を要した。

<3> 休業損害

当時の原告の年収は二二二万七一六二円であり、一年一八七日間の休業を余儀なくされたから三三六万八二〇一円の休業損害を被った。

<4> 後遺障害による逸失利益

原告の年収二二二万七一六二円は転職して間もないことから著しく低額であった。従って、同年齢の平均年収二八二万八四〇〇円を基礎にするべく、原告は一〇〇パーセント労働能力を喪失したから、就労可能な三八年間の逸失利益につきホフマン係数二〇・九七〇二により現価を求めると五九三一万二一一三円となる。

<5> 慰謝料

ⅰ 入通院慰謝料 三〇〇万円が相当である。

ⅱ 原告には前記のとおり労災等級一級八号に該当する後遺障害が残った。原告は当時遠縁の娘と見合いをして結婚する予定であったが、不具の身となり、その夢も消え、一生車椅子の生活を余儀なくされたのであり、その精神的苦痛を慰謝するには慰謝料二〇〇〇万円を下らない。

<6> 弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある訴訟遂行のための弁護士費用は六〇〇万円が相当である。

3 損益相殺

(一)被告藤元建設

被告藤元建設は原告に対し、次のとおり支払っている。

<1> 昭和五五年九月二〇日見舞金一〇万円(本社、支店各五万円宛)

<2> 同月二二日付添看護料三万一一八六円

<3> 同二九日入院雑費二二万四八七〇円

<4> 昭和五六年九月五日被告藤元建設が掛けた生命保険金からの給付金二〇〇万円

<5> 昭和五七年七月建築代金相当金等六四万七一三五円

原告が本件事故による受傷治療をして退院後、原告の要求により被告藤元建設において車庫二棟の新築と車庫内外の敷地舗装をなした代金

(二)被告ら

原告は平成三年一二月までに労災保険による年金合計二八五〇万二八四〇円の給付を受けた。

(三)被告石川島

原告は厚生年金から障害年金として昭和六一年一一月三〇日までに合計五五〇万五六二五円の給付を受けた。

原告は引き続き労災保険から一か月当たり一八万九七〇六円(年間二二七万六四七二円)の年金を支給されており、労働能力喪失期間中今後も継続して支給されることが確実であるから、損益相殺で孝慮されるべきである。

なお、付添看護費用が必要であったとしても原告は労災補償法一三条に上る療養補償給付療養の給付(看護)ないしは療養費用の給付を受給しているから実質的損害填補を受けている。

(四)原告の反論

労災保険の既払年金分については、損害金への内入弁済として、まず遅延損害金に充当されるべきである。

厚生年金は労災事故と無関係に給付されるものであるからしん酌すべきではない。

将来の労災保険の年金については損益相殺しないとするのが判例である。

第三争点に対する判断

一  被告らの責任について

1  成立に争いがない(証拠略)によると、次の事実が認められる。

(一)玉掛作業、クレーン操作の作業をなすには、それぞれ、特別教育を受けることを要するが(労働安全衛生法六一条一項、五九条三項、同規則四一条、三六条)、原告は本件事故の三年以上前に玉掛技能講習、移動式クレーン特別教育を修了した有資格者であり、本件の玉掛、クレーン操作の作業も、西川の協力補助を受けながら、自らの責任でなしていた。

(二)本件の作業は、長さ約九メートル、重量約八二〇キログラムの鉄筋の束に玉掛けし、これをユニックトラックの荷台に同トラックに設置されたクレーンを操作して吊り上げて荷積みするものであり、ユニックトラックには車体の両側にクレーン用操作レバーが備え付けられ、これを状況により選択して操作できるようになっていた。

(三)鉄筋荷積に用いられる玉掛方法は玉掛作業基準に基づいて行われるべきことになっているが、右基準では荷吊滑車のフックにはアイかワイヤーロープを直接かけることとされており、これは玉掛作業を行うものが熟知しておくべき基本的な事項である。当時、笠田が自ら一六ミリ異形鉄筋で作成していたO環(複数のワイヤーのアイにはめ、盗難防止、離散防止のためワイヤー相互をつないでいたもの)を直接クレーンの荷吊滑車のフックにかけて重い鉄筋を吊り上げることに流用すると、荷重でO環が壊れ、吊荷が落下する危険性が高いことは、玉掛作業、クレーン操作に携わるものは十分認識しうるものであった。

(四)玉掛作業においても、クレーン操作においても、吊荷の下方で作業をすることは極めて危険であり絶対に避けなければならない基本的な禁止事項となっている。本件の作業に使用されたユニックトラックのクレーンで鉄筋の束を吊り上げる際、ワイヤーが掛かっているか荷が中心にきているかの確認のための地切りをするため、原告は吊荷のある側のクレーン操作レバーを操作する必要があったが、トラックの荷台の高さ(約一・二メートル)まで吊荷の鉄筋を吊り上げれば、クレーン操作を一旦中断したうえ車体の反対側に回ってクレーン操作(さらにクレーンのアングルの高さ《地上二・五メートル》まで吊り上げた後平行移動させて荷積みする)をしても吊荷の状況は十分把握でき、しかも、西川が吊荷を監視しクレーン操作中の原告に合図を送ることができ、吊荷の旋回を防ぎうる状態にあったから、荷台の高さまで吊り上げてからは、吊荷のある側でクレーン操作を続ける必要はなかった。しかしながら、原告は吊荷が地上二メートルの高さに至るまで吊荷のある側でその下方に位置してクレーン操作をしているうち、吊荷が落下して本件事故に至った。

(五)笠田は玉掛作業に使用するため、二二ミリの異形鉄筋でC環を作成し、シャックルがわりに使用していたが、これが当時本件現場にあったかどうかは判然としない。本件当時、笠田はワイヤーの盗難等による紛失があったことから、ワイヤーの離散防止のため、アイ付きワイヤー二本ずつを前記O環で留めて(双方のアイに異形鉄筋を通して結接)いたが、O環がアイについたままでもクレーンの荷吊滑車フックに左右二本のワイヤーのアイをかけることは十分にできた。

2  そして、(人証略)によると、本件事故直後、クレーンのフックにはワイヤー等何もかかっておらず、アイ付きワイヤーに損傷はなくその片側はシャックルで鉄筋の束に固定されており、鉄筋の下敷きになった原告を救出するため、鉄筋の束に固定されたワイヤーの反対端にあるアイをクレーンのフックにかけて原告の上に載っている鉄筋部分を持ち上げたことが認められる。

3  原告は、「本件の作業時、C環二個と、長さ不揃いのワイヤー(両蛇口ワイヤー一本と長短各一本のエンドレスワイヤー)しか用意されていなかったのでやむを得ず、別紙図面1のごとく両蛇口ワイヤーと短いエンドレスワイヤーをつなぎ、アイのある一方を2のごとく鉄筋に巻き、他方を3のごとくあだ巻きして、近くにあった鉄棒を差し込んで固定し、ワイヤーにフックをかけ第一回目の吊り上げを了した。第二回目は、長短エンドレスワイヤーを右図面4のごとく結び、その一方を5のごとく鉄筋に巻き、フックを経由して他方を6のごとくあだ巻したが、エンドレスワイヤーの端がフックに掛けられないので、エンドレスワイヤーの端とフックの下のフックを経由してきたワイヤーとの間をC環で固定して鉄筋を吊り上げていたところ、鉄筋が崩れ落ちて本件事故が発生した」旨供述するけれども、検証の結果によると、原告の右供述する方法では玉掛けが現実にできないことが認められる。

また、「玉掛作業者必携」の文献中「玉掛用具の選定及び使用方法」編(書証略)にリング付ワイヤーロープが玉掛用具として記載されているところから、原告はJIS規格にあてはまるO環がアイと接合されているワイヤーであればO環をフックにかけることも許されると考えていたことが、原告の尋問結果から認められる。

4  而して、以上の事実関係のもとでは、「本件事故当時、長さの揃った両蛇口ワイヤー二本とシャックル二個が用意されており、シャックルを使ってワイヤーの一端を鉄筋の束に固定した」旨の(人証略)、「本件事故後、鉄筋の束の近くにO環が二つに切れて落ちていた」旨の(人証略)(なお同証人は「O環が口を開いた状態で壊れて落ちていた」旨証言するが、この点の差異が直ちに右各証言の信憑性を左右するものではない)の信用性を否定することは困難である。

5  そして、右証言によるところを総合すると、(人証略)によりその成立の真正を認めうる(書証略)(長瀬の労働基準監督署に対する報告書)記載のごとく、原告がワイヤーのアイにつけられたO環を直接クレーンのフックにかけて鉄筋の束を吊り上げたためにO環が荷重で壊れて原告の上に鉄筋の束が落下し、本件事故に至ったものであると推認するほかない。

二  以上認定したところからすると、本件事故は、原告が、玉掛作業をする者にとって基本的な玉掛方法を誤りクレーンのフックにアイあるいはワイヤーをかけるのではなく荷重にたえられないことが明らかなO環をかけてしまい、しかもクレーン操作をする者にとって基本的な遵守事項に反し、漫然吊荷の下方で作業を続行したことによって生じたもので、原告の自招自損行為による結果と言わざるを得ず、原告主張の安全用具の不備の事実を認めることは困難である。そして原告の右行為結果は被告らの予測可能性を超えており、いずれの見地からも被告らに帰責事由はないものと言うほかない。

第四結論

そうすると、原告の被告らに対する本訴請求は、その余の点に触れるまでもなく理由がないことに帰するからいずれも棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 金馬健二)

別紙(略)

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